第18回目黒のさんま祭気仙沼実行委員会公式サイト  お気に入りに追加
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気仙沼実行委員会事務局
今年の目黒のさんま祭を開催するに到り,第16回開催時の関係者挨拶を掲載させて頂きます。
気仙沼市長 菅原 茂

 まずは目黒区の皆さん,全国の皆さんに御礼を申し上げます。3月11日の発生以来6ヶ月余り,全国から多くの支援を頂き,命をつなぎ,少しずつ生活を立て直し,復旧に努め,なんとか今日,目黒にさんまを届けることができました。特に目黒区の皆さんには言葉では言い表せないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

 3月11日は金曜日,政府は被災地支援に早速動き出してはいたものの,広範囲にわたる被災地にいつ物資が届くか分かりませんでした。周辺の街も被災しており,私たちが頼れるのは目黒区しかないとの思いで,12日土曜日の朝,目黒区実行委員会の長井さんに衛星電話で連絡を取りました。程なく青木区長さんともお話することができ,寒さをしのぐ毛布,ストーブや水などの支援を要請,快諾を得ました。東京も大きな混乱の中だったにもかかわらず職員の方が奔走,15日には第一便が瓦礫で埋まる気仙沼に到着しました。感激の一瞬でした。以来,物資はもとより義援金,募金活動,そして職員の継続的派遣と心のこもったお世話をいただいてきました。

 発生当初はさんま祭のことを考える余裕もありませんでしたが,多くの支援を受けるうちに,今年こそ何としても目黒にサンマを届け,気仙沼が元気を失っていないこと,そして目黒の皆さんへの感謝の気持ちを表そうと私だけでなく気仙沼の実行委員会の皆さんも強い決意を持つようになりました。

 気仙沼では多くのサンマ漁船が被災,今年の出漁船はわずか,魚市場は開場したものの水産会社の復旧は緒についたばかりと困難は沢山ありましたが,実行委員会の努力,地元の協力により今年も目黒の皆さんにサンマを届けることができました。津波の犠牲になりさんま祭に来られなくなった仲間の分まで気持ちを込めてサンマを焼きます。感謝の気持ちが詰まった特別なサンマをお召し上がりください。


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気仙沼実行委員会 会長 松井 敏郎

 千年に一度と云われる大津波による未曾有の大災害に襲われた我が郷土気仙沼はなす術もなく変り果て大事な多くのイノチを失い,そこにあった人々の営みは瞬時にして瓦礫の山と化してしまった。少しでも明るい未来を語るべく希望の灯りを捜し求めながら,それが復興への確実な一歩と信じ半年が過ぎ去りました。6ヶ月とは云え,何十年分にも相当するであろう重く辛い期間であったし,皆ただ無我夢中であった。日本全国に起きる自然災害は時として大惨事となり多くの人々が犠牲となり,その後の復旧・復興へと険しい道程を余儀なくされるのである。

 しかし,どっこいその被災地に生きる人達はその都度繰り返し生まれ変わりたくましく雄々しくけなげに生きてきた力強い立派な歴史があります。今回の3.11東日本大震災,桁違いの津波に遭っても凛としてかつ冷静であったと世界各国がこぞって被災国日本を,日本人を大いに讃えた。その賞賛に値する「敷島の大和心」を多少なりとも世界に向け発信出来たことは現代を生きる日本人として大変に尊い評価として引き続き語り継ぐべきこととしたい。また,特筆すべきは日本全国否世界からお寄せいただいた熱い応援,温かいご支援,貴重な救援には只感謝,感謝するのみで厚く御礼を申し上げます。とりわけ15年築き上げた交流「秋刀魚の絆」とでも云える目黒区民の皆様には例えようのないほどの物心両面にわたり賜りましたお心遣いには再生復興を目指す港・気仙沼の活力の大いなる糧となる力強い絆を感じます。

 江戸落語「目黒のさんま」に因みスタートした一筋の澪が大河の如くゆったりとそして堂々と風格のあるさんま祭に育ちました。昨年は友好都市協定の締結を実現し交流も進み本年で16回目を教えますが,震災でさんま祭の資材のほとんどが流出したことから原点に立ち戻り,サンマを5千尾焼き被災地気仙沼が目一杯の感謝の気持ちを添えて御礼としたいと思います。きっと感動的な忘れられないさんま祭になることでしょう。

 目黒の皆さんありがとうございました。


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気仙沼実行委員会 実行部隊長 守屋 守武

 「第16回目黒のさんま祭」を開催できることに心から感謝いたします。

 3月11日に発生したM9の地震による巨大津波は,東日本の沿岸域を襲い,未曾有の被害を与えました。震災から2ヶ月は生きるために必死な日々であり,その後少しずつ現状に向き合い,半年が過ぎようとする今日は復興への歩みを確実にしていく,そんな時期になりました。この間,目黒区及び目黒の関係有志の皆さんには物心両面におけるご支援を頂き心から感謝いたします。昨年10月に友好都市を締結させていただいたこともあり,今なお,目黒区職員の皆さんには行政業務のお手伝いをいただいております。本当にありがとうございます。

 今現在,復興と言っても瓦礫の処理が70%前後,魚市場は水揚げを受け入れるために応急対策として荷捌場の嵩上げをし,まずは「カツオ」,そして8月下旬にはサンマの水揚げも始まりました。しかし,多くの漁船を支えてきた冷蔵庫や水産加工場は壊滅し生鮮出荷主体の営業を余儀なくされ扱える量にも限りがあり,魚問屋や仲買人なども厳しい中で仕事をしております。

 今回,目黒のさんま祭は目黒区を始め日本全国に気仙沼のサンマをアピールし,気仙沼港の復活を宣言する機会です。当初,目黒区の実行委員の方々が支援物資を携え祭りの打診に来られました。私からお願いしたのは,今こそ「さんま祭」をやろう!目黒は待っているぞ!この言葉です。嶋野実行委員長は,まさにその通り,気仙沼頑張れ!今こそ復活の狼煙(のろし)は「目黒のさんま祭」からだと,思い同じく誓いました。

 気仙沼市ではまだ避難所で生活している方が約5百名おりますし,産業関係の復興にも多くの時間が必要な状況で,今後も厳しい状況が続くことと思います。この震災に正面から向き合い,一歩一歩復興への道筋を固めていくには時間が必要です。半年が過ぎ,震災のニュースが少なくなってくるころからが本当の厳しさと思っております。都市部と被災地をつなぐチャンネルは物やお金だけではありません。人や夢,思いなど色々なチャンネルを活用して新しい気仙沼を想像していく必要があります。これからも温かいご支援,よろしくお願いします。


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